中核派は貴方の側にいる

 最近、何十年も逃亡していた中核派の党員が逮捕され、ちょっとした話題になりました。遠い世界の出来事と思っているアナタ。貴方は間違っています。中核派は貴方のすぐそばに居ます。 例えば、私の出身地に近い、福岡県行橋市。ここの市役所には中核派の職員がいます。 そのことは、警察はもとより、市長以下の市職員そしておそらく、市会議員連中も知っているはずです。しかし、中核派だからといって、それだけの理由で、逮捕するわけにも、クビにするわけにもいきません。 もし何か出来るとすれば市会議員だけでしょう。とは言え、出来る事は限られているうえに、中核派を相手にするとなると襲撃される危険も覚悟せねばなりません。行橋市議には、「赤旗」の庁舎内販売に反対し、ネット世界で名をあげた人物も居ますが、どうやら中核派と闘うつもりは無さそうです。 日共と中核派とでは怖さがまるで違いますから仕方ないかもしれません。 しかしそれなら、「サムライ」を自称して欲しくはありません。 さて、中核派の市職員がいて何が悪いのとお考えの貴方。間違ってますよ。 住基ネットは役所に情報が集まっていますし、マイナンバーの窓口は役所です。 つまり、住民の個人情報は中核派に筒抜けなのです。そして、少なくない市町村役場に中核派メンバーが潜入していると考えられて居ます。 そろそろこの問題に取り組む時期ではないでしょうか。

昭和天皇七つの謎

 消去しちゃいけない記事を消去しちゃったり、イロイロやらかしてます。アメブロの このゴチャゴチャ感、ホント嫌です。 今日は気を取り直して、本の紹介をします。 『昭和天皇七つの謎』 加藤康男 著 WAC出版 皆さんは、日本が対米戦争を決断した、昭和16年9月6日の御前会議を御存知だと思います。 この時、昭和天皇は明治天皇の御製を詠んだとされてきました。よものうみ みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ これです。これが日露戦争の際、平和を祈って詠んだとされる、明治天皇の大御歌です。 従来は、昭和天皇がこの歌を詠み、戦争に反対したと言われてきました。  この時の昭和天皇の歌をメモに残した人物が二人います。 総理大臣の近衛文麿と、参謀総長の杉山元です。 二人のメモによると、昭和天皇が詠んだ歌はこうです。四方の海 みな同胞(はらから)と思ふ世に などあだ波の立ちさわぐらむ 二人のメモが一致しているため、間違いないと考えてよさそうです。 昭和天皇は、明治天皇の御製の「波風」を「あだ波」と変えて詠んだのです。  では あだ波 とはなんでしょうか。 「あだ」は古い大和言葉で、漢字にすると賊や敵と書きます。すると、この歌はどんな意味になるのでしょうか。 黒蜻蛉なりに解釈してみると。「私(日本)は、世界は皆兄弟、一家と考えている。それなのに、どういう訳か、敵の賊(やから)どもは、盛んに騒ぎ...

怒れ九州人

本稿は3、4年程前に掲載した記事に加筆したものである。 当時はガラケーで投稿していたため、500字以内という規制に阻まれ、言いたいことを削ってしまうことも少なくなかった。 そこで、旧稿に加筆し、再掲載することとした。【聞け九州人】昨年(当時)、『そこまで言って委員会』で三宅ナントカいうエセ保守がとんでもないことをほざいていた。 「九州は熊襲(クマソ)あたりの住む、文化果つる地。これは万葉集にも沢山出てくる。」だって。 以下(1)クマソ(2)文化(3)万葉集についてチェックしていきます。【熊襲とは?】(1)クマソは九州には一人も住んでいないし、住んでいたこともない。クマソとは種族ではなく、地名だからである。 「熊」とは熊本辺り。「襲」とは鹿児島から宮崎辺りのことです。「日向の襲の高千穂の櫛振(クシフル)の峯」これが天孫降臨の地です。日向(ヒムカ)とは、この場合、九州のことです。[岩波文庫『日本書紀』第2分冊362、363頁参照]【では文化とは?】(2)文化とは明治時代に、西洋の学問を翻訳するため創作された和製漢語です。cultureの訳語であることはご存知の通りです。 「文化、文政」という本来の用法は「法や思想で支配する」との謂です。 もし九州が「文化果つる地」であれば、それは大和朝廷が支配していない地という意味でしかありえません。 したがって、(3)万葉集に「文化果つる」などと詠ま...